秋の入り口に届く一着には、共通点があります。着ていて傷んだのではなく、しまわれているあいだに傷んでいる、ということです。袖を通そうとしたら白いカビが浮いていた。肩のかたちが変わっていた。裾の編み地に小さな穴があいていた——どれも、夏のしまい方に理由があります。
革の一着は、着ている時間より、しまわれている時間のほうがずっと長い衣類です。オフシーズンの数か月をどう過ごさせるかで、次に袖を通すときの顔が決まります。
このページでは、革ジャンのしまい方を、しまう前・しまっているあいだ・出すとき、の順にご説明します。あわせて、型崩れやカビが出てしまったときに、どこまで直せるのかも、修理台の視点から正直にお伝えします。
しまう前に——その日の湿気を、その日のうちに
保管の良し悪しは、じつはクローゼットに掛ける前に半分決まっています。
着たあとの革は、汗と空気中の湿気を含んでいます。脱いだらすぐにしまわず、風通しの良い場所で数時間、陰干しをしてください。厚みのあるハンガーに掛けて、湿気を飛ばしてから掛け直す。それだけで、カビの出やすさは大きく変わります。
雨に濡れた日は、なお慎重に。ドライヤーやストーブで急いで乾かすと、革が硬くなり、ひび割れの入り口になります。タオルで水気を押さえて、陰干しでゆっくり乾かしてください。詳しい手順は雨に濡れた革ジャンの正しい乾かし方にまとめています。
オフシーズンに入る前の、ひと手間
長い保管に入る前に、次の三つを済ませておくと、秋がずいぶん楽になります。
ポケットを空にする。入れたままのものは、革を内側から押し続けて、そのまま型になります。
全体を拭いて、ブラシをかける。表面のホコリや汚れは、湿気を含むとカビの苗床になります。柔らかい布で乾拭きし、縫い目や襟の裏など、埃の溜まりやすいところをブラシで払います。
無色のクリームで薄く保湿する。乾燥はひび割れの入り口です。無色のレザークリームを布に少量とり、薄く伸ばして、余分は乾いた布で拭き取ります。塗り込みすぎはかえってカビや変色のもとになりますので、「薄く」が肝心です。
このとき、袖口や裾の編み地、裏地、ファスナーにも一度目を通しておいてください。傷みは、しまう前がいちばん小さい状態です。
しまい方の三点——通気・湿気・型崩れ
長期保管で見るところは、この三つに尽きます。
通気。ビニールのカバーは湿気を閉じ込めますので、使いません。埃よけには不織布のカバーを。クローゼットの中では、両隣の服と拳ひとつ分の隙間をあけて、風の通り道を作ります。
湿気。除湿剤をクローゼットの中へ。湿気は下に溜まりますので、除湿剤は床側に置き、革ジャンはなるべく上のほうに掛けます。外壁に面したクローゼットは湿気が寄りやすいので、壁にぴったり付けないことも大切です。
型崩れ。肩に厚みのあるハンガーを使います。針金のハンガーは肩の一点に重さが集まり、数か月でそのまま肩の型になります。畳んでの保管は革に折り皺が入りますので、おすすめしません。
もうひとつ、光にもご注意を。窓際や照明の近くに掛けたままにすると、片側だけ色が褪せていきます。クローゼットの扉を閉めて、暗く、風の通る場所。革にとって居心地の良いのは、そういう場所です。
夏の保管で、気をつけたいこと
「夏のあいだ、どうしまっておくのがいいですか」というご相談は、この時期いちばん多くいただくものです。
夏の敵は、湿気と熱です。梅雨から夏にかけての閉め切った部屋は、革にとってかなり過酷な場所になります。押し入れの下段、北側の部屋、外壁に面したクローゼット。湿気の溜まりやすい場所ほど、カビは早く出ます。
意外な落とし穴が、車内です。夏の車内やトランクは高温になり、革の油分を飛ばして硬化を早めます。数日であっても避けてください。
そして、できれば月に一度、扉を開けて風を通してください。晴れて乾いた日にハンガーごと出して数時間の陰干しができれば、それがいちばんの虫干しになります。しまいきりにしないこと。それが夏を越すいちばんのコツです。
しまっているあいだに、起きること
工房に届く「保管中の傷み」は、だいたい四つに分かれます。
カビ。湿気と栄養(汚れや余分な油分)が揃うと出ます。表面に白く浮いているうちは落とせることが多いのですが、革の内部まで入ると跡が残ります。見つけたときの対処と再発の防ぎ方は革ジャンのカビ取りに詳しくまとめました。
型崩れ。ハンガーの肩が合っていなかった、畳んだまま重ねていた、という一着に多い傷みです。
虫食い。革そのものより、袖口や裾のリブ、ウールの裏地が狙われます。リブの虫食いは、着ているあいだではなく、しまっているあいだに起きます。緩みや穴に気づいたら、リブ交換という道があります。
乾燥によるひび割れ。油分が抜けたまま年月が経つと、表面に細かい割れが入ります。ひび割れは、一度入ると元には戻らない傷みです(革ジャンのひび割れ)。
型崩れは、直せるのか
よくいただくご質問ですので、修理台からの答えを書いておきます。
浅い着皺は、着ていれば戻ることが多い。体温と湿気で革がやわらぎ、体に沿い直すからです。しばらく着てみてから判断しても、遅くありません。
ハンガー跡のような局所の型は、和らげられることがある。ただし、完全に消えるとは申し上げられません。革の折り皺は紙の折り目と似ていて、繊維の向きが変わってしまっているからです。
戻らない傷みもあります。ひび割れた表面、内部まで入ったカビの跡、硬化した革。これらは「元に戻す」より「これ以上進めない」ことが現実的な目標になります。
いっぽうで、リブや裏地、ファスナーといった革以外の部位は、交換で戻せます。保管で傷んだ一着でも、革が保っていれば、できることは残っていることのほうが多いのです。あきらめる前に、一度写真をお送りください。
秋、袖を通す前に
しまうときと同じくらい大切なのが、出すときです。いきなり着ずに、明るいところで三つだけ確かめてください。
カビが白く浮いていないか。リブや裏地に穴があいていないか。肩や襟のかたちが変わっていないか。
何か見つかっても、慌てて拭いたり洗ったりせず、そのままの状態でご相談いただくのが、結果として近道です。とくにカビは、こすると範囲が広がります。
何ごともなければ、着はじめる前に一度、無色のクリームで薄く保湿を。ひと夏を越えた革は、思っているより乾いています。袖を通す前のひと手間が、その冬の艶を決めます。
なお、スエードやムートンなど起毛の革は、手入れの道具と作法が変わります。スエードジャケットの日常ケアを参考にしてください。
まずはご相談ください
保管は、道具を揃えることより、季節の変わり目に一度、その一着を気にかけることです。しまう前のひと手間と、月に一度の風通し。それだけで、革は静かに何年でも付き合ってくれます。
もし夏のあいだに傷みが出てしまっていても、革が元気なら、戻せることは残っています。気になる箇所と全体の写真を数枚添えて、お気軽にご相談ください。
