三代で繋ぐ「革への想い」
祖父から受け継いだ「革の歴史」。雨ガッパが原点
先代の音松が戦後、東京で紳士服のオーダーメイドをしていましたが、雨ガッパ(ゴム製の雨よけ)が大流行しカッパ作りの縫製工場を作りました。しかし、間も無く流行が去りその道具を生かして何ができるだろうと考えた結果、レザーウエアなら同じ道具を使って縫製ができると思い、アパレルメーカーを回って注文を取って歩いた結果、それが大当たり。
2代目の孝之は16歳から定時制高校に通いながら、音松の下で革の縫製を学びました。高校卒業後、レザーウエアメーカーに就職し、夜は渋谷にあるパターンメイキングとデザインを学べる学校で勉強をしながら働く日々を過ごしていました。
1975年、先代音松は従業員を集めやすい、生まれ故郷である山形県鶴岡市にてレザー衣料専門の縫製工場(株)ノームラソーイングを設立しました。
2代目孝之は1981年に東京にてレザーウエア専門メーカー(有)アルティジャーノを設立しましたが、時代の波が変わりつつあることと、鶴岡で暮らしていた音松が病気で倒れた為、東京を離れノームラソーイングを継ぎます。
転機。量産型から一点物を誂えるオーダーメイドに
やがて時代とともに転機が訪れ、工場経営は下火になりはじめました。
その頃、レザーウエアのオーダーメイド専門店「革職人アルティジャーノ 」をスタートしました。そこから孝之が長年にわたり培ってきた技術とノウハウが某百貨店バイヤーから認められ、日本全国の百貨店にて販売して回る転機が訪れました。
孝之の長男、将太が皮革産業の世界に入り経験を積む為に、昭和3年創業、東京の老舗鞄(カバン)製造メーカー(有)中澤に就職。
主に日本全国の百貨店催事に自社製造の鞄のみを販売して回りました。「どのような物が売れるのか。又、売れなかった理由は何なのか」をひたすら考える生活を5年間行いました。
また、販売の合間に工場へ通い鞄を作るノウハウを職人から学びました。
その後、かつてからどうしても諦めきれなかった革の衣料に携わりたいという思いから、東京を離れ鶴岡へ。
父孝之の下でパターンやカッティング、縫製全般を学び、さらにパターンの知識を深める為に、文化服装学院の通信教育を受けた。縫製については音松時代から工場長を務めていた者から技術を学びました。
webを使った事業展開を
「私たちの持っている技術を最大限に生かして、よりたくさんの方々に喜んでいただきたい」
そんな思いを抱き、2017年新たにwebサイトをオープンさせ、修理専門オリジナルブランド「REMAKE by artigiano」を立ち上げました。少しずつ認知されるようになってきた中、2020年全世界を震撼させる未曾有のコロナショックが襲います。
百貨店での販路が一時完全に絶たれた状況で、同年8月「株式会社アルティジャーノ」を設立。
これからは、webを使ってのビジネス強化と、今まで通り都内を中心として百貨店でのイベント出展や、独自でイベントを企画いたします。