バイクに跨ると、裾のあたりが突っ張る。椅子に座ると、前が引きつれて窮屈になる。──ファスナーを閉めたまま動く場面で感じる、あの不自由さについてのご相談が、工房には折々に届きます。
その多くは、ファスナーを「両開き」に替えることで様子が変わります。このページでは、いわゆるダブルジップ化とはどんな仕事なのか、どんな一着に向いていて、どんな場合に手を入れない判断をするのかを、修理台の視点から順にご説明します。実際にお引き受けした一着も、途中でご覧いただきます。

ダブルジップとは ── 下からも開くファスナーのこと
ダブルジップとは、スライダー(引き手のついた金具)が上下に2つ付いていて、裾側からも開けられるファスナーのことです。両開き、あるいは逆開とも呼ばれます。
紛らわしいのですが、ライダースジャケットの「シングル/ダブル」は前合わせの形の話で、ファスナーのダブルジップとは別のものです。ここでお話しするのは、ファスナーのほうです。
なぜ、下から開けたくなるのか
革ジャンは立ち姿を基準に仕立てられた服です。バイクに跨る、椅子に座る——腰が折れる姿勢になると、閉じた前身頃が突っ張り、裾が押し上げられます。
下のスライダーを少し開けておくと、その分の逃げ場ができて、裾が体の動きについてくるようになります。革そのものには手を入れずに着心地が変わる、仕組みの手当てです。
シングルジップには、もうひとつ弱いところがあります。差し込み口(下端)に力が集中します。着脱のたびにテンションがかかる場所なので、長く着た一着ではここから傷みが出ることがあります。下を少し開けて着られるようになると、その一点への負担が分かれます。
どう替えるのか ── スライダーを足すのではなく、交換
「いまのファスナーに、スライダーだけ足せますか」と聞かれることがあります。残念ながら、これは基本的にできません。両開きのファスナーは、裾の留め具まわりが専用の造りになっているためです。上から下りてくるスライダーと、下から上がるスライダー。この2つが噛み合うための下端は、片開きのものとは別の部品です。
ですから、ファスナーそのものを、両開きのものへ替えます。
手順は、解いて・合わせて・元の線に戻す
前立てのステッチをほどき、ファスナーを外します。新しい両開きを合わせ、元のステッチをたどって縫い直します。
革は、一度通した針の穴が残ります。糸を抜いても、穴は消えません。ですから「元の線に戻せるかどうか」を、最初に見ています。ここが、布の服の直しといちばん違うところです。
手間が変わるのは、比翼ではなく「地縫い」
よく誤解されるのですが、比翼(ファスナーを隠す前かぶせ)があるかないかで、解く範囲は変わりません。
変わるのは、前立てが「地縫い」されているかどうかです。
- 地縫いがある一着:表からは見えないところを、裏側から縫って留めてあります。表のステッチを解いただけでは外れません
- ステッチだけの一着:表に見えている縫い目が、そのまま留めている縫い目です
新しいファスナーは、元と同じ号数
両開きは、元と同じ号数のものに合わせます。号数はファスナーの務歯(噛み合う歯の部分)の大きさで、ここが変わると前立ての納まりも、閉めたときの表情も変わります。
長さは一着に合わせて調整しますが、号数は元に揃える。これが基本です。色味と引き手の表情は、元の雰囲気から離れないものを選びます。
一着ごとに、見ているところ
- 前立ての縫い方:地縫いがあるか、ステッチだけか
- 裾まわりの造り:裾にベルトやリブ、絞りの構造がある場合、下から開けたときの納まりを含めて見立てます
- 元の針穴:その線をたどって縫い直せる状態か
写真を数枚——前合わせの全体と、ファスナーの上下の留めまわりの寄り——を添えてご相談いただけると、かなり正確にお答えできます。
事例|Y2 LEATHER のダブルライダース

お預かりしたのは、Y2 LEATHER のダブルライダースジャケットでした。ご相談は「フロントをシングルジップからダブルジップへ変えたい」。機能は上げたいけれど、見た目は大きく変えたくない。ダブルライダースは前の合わせが二重で、ファスナーがそのまま顔になる服ですから、当然のご要望だと思います。
使ったのは YKK の10号・ゴールド(真鍮色)。号数は元と同じです。色味も元から離れないものを合わせました。
元のファスナーを慎重に取り外し、革の状態を見ながら縫い直しています。左右のバランスと、下のスライダーの動き。この2つを合わせるところに、いちばん時間をかけました。




仕上がりは、正面から見るかぎり元のままです。変わったのは、動いたときだけ。そういう直し方でした。
元のファスナーの表情は、変わります
ひとつ、正直にお伝えしていることがあります。年代もののジャケットに付いた当時のファスナーは、その一着の顔の一部です。交換すれば動きは良くなりますが、あの金具の表情はそのままには残せません。
雰囲気の近いものを探して合わせますが、まったく同じにはなりません。動きやすさを取るか、いまの顔を保つか。どちらが正しいということはなく、その一着との付き合い方を伺いながら、ご一緒に考えます。
費用の考え方
ダブルジップ化の費用は、ファスナー自体の選定と、前立ての造りで決まります。前立てが地縫いされているか、表のステッチだけか。裏地の納まりはどうか。ここで手を入れる範囲が変わります。
実物か写真を拝見してからのお見積りになりますので、まずは現状をお知らせください。
替えない、とお伝えすることがあります
どんな一着でも替えられます、とは申し上げません。お断りする理由は、だいたい2つです。
当時のファスナーが、その一着の顔になっているとき
前の章のとおりです。動きは良くなりますが、あの金具の表情はそのままには残せません。そこを承知のうえで、と確かめてから進めます。
裏側の仕上がりを、気にされるとき
縫い直すときは、表の針穴をたどってステッチをかけます。表の線は、元のとおりに戻ります。
ただ、裏側は、ステッチの穴が元の位置から若干落ちる場合があります。これをステッチ落ちと呼んでいます。
表から見て分かるものではありません。ですが、裏を開けて見る方、そこまで含めて一着と考えている方には、おすすめしていません。
できること、できないこと、仕上がりに残るもの。それを先に申し上げたうえで、進むかどうかを決めていただく。その順番を大切にしています。
前のファスナーの、ほかの直し方
ダブルジップ化とよく並ぶご相談を、切り分けておきます。
- 前ファスナーを丸ごと替えたい(傷んだ、噛まない)→フロントファスナーの交換
- 壊れた原因を知りたい →ファスナーが壊れたら、交換で直るのか
- 右差し・左差しが気になる →ファスナーの向きの話
- 修理全体を見渡したい →革ジャンの修理
おわりに ── 動きに、服がついてくるように
前を閉めたまま跨り、座り、また立ち上がる。その一連の動きに服がついてくるようになると、革ジャンを着て出かける場面は少し増えます。
突っ張りをがまんしながら着ている一着がありましたら、ファスナーまわりの写真を添えて、お気軽にご相談ください。できることをお答えします。
