革ジャンのひび割れについて|原因と対処法を職人が解説

2021.07.15

久しぶりにクローゼットから出したら、肘と袖口に細かな割れが入っていた──ひび割れのご相談は、たいてい、こんな一文から始まります。

先に申し上げます。入ってしまった割れそのものを、無かったことにはできません。革は、自ら塞がる素材ではないからです。それでも、進み方を止めることはできますし、段階によっては、手を入れてもう一度着られる状態に戻せます。このページでは、ひび割れがどんな段階を辿るのか、どこからが直せる範囲で、どこからが難しいのかを、修理台の視点からご説明します。

ひび割れは、革に何が起きている状態か

革のしなやかさは、繊維のあいだに残された油分が支えています。年月とともにその油分が抜けていくと、繊維は動きを失い、硬く締まっていきます。硬くなった革を曲げると、いちばん薄い表層──銀面(ぎんめん)と呼ばれる、革の表情そのものである層──が先に耐えきれなくなる。これがひび割れです。

ですから、割れはいつも決まった場所から出ます。肘、袖口、襟の折り返し、脇、ポケットの口。着るたびに折れ曲がる場所です。逆に、背中や身頃の平らな面から割れ始めることは、まずありません。ひび割れは、革の老いというより、動きと乾燥が重なった場所に出る症状です。

ひび割れの、三つの段階

同じ「ひび割れ」でも、進み方によって手の入れ方はまったく変わります。工房に届く一着は、おおむね次の三つのどこかにあります。

一段階目|表面の乾き。割れはまだ入っていないけれど、手触りがかさついている。光の当たり方で、細かな皺が白っぽく浮いて見える。曲げると、しわの底がうっすら白く筋になる。この段階は、割れの手前です。油分を戻してあげれば、多くはしなやかさが戻ります。

二段階目|銀面の浮き、細かな割れ。表層に浅い割れが入り、爪の先で撫でると引っかかる。折り曲げた谷の部分に、線状の割れが並ぶ。ここまで来ると、割れそのものを消すことはできません。ただし革全体はまだ生きているので、保湿で進行を緩め、目立ちにくく整えることはできます。

三段階目|芯まで達した割れ。割れが革の厚みの奥まで届き、力を加えると裂ける。表面が粉のように落ちる、色が抜けて下地が見える、といった状態もこの段階です。こうなると、その部分の革は、もう衣服としての強さを持っていません。手を入れるなら、革そのものを替えることになります。

見分けに迷ったら、無理に曲げて確かめないでください。確かめるつもりの一曲げで、二段階目が三段階目になることがあります。

ひび割れやすい革、しにくい革

同じ年月を過ごしても、割れやすい革と、そうでない革があります。分かれ目は、鞣(なめ)しの段階でどれだけ油分を残しているかです。

油分を多く含ませた革──オイルレザーの類い、ライダースによく使われる革がそうです──は、乾燥に強く、割れよりも先に、色の抜けや艶の変化として年月が表れます。工房では、こうした革を塩皮(えんぴ)と呼び分けてきました。

反対に、油分をほとんど残さない革は、軽く、色も質感も均一に仕上がりますが、そのぶん乾燥に弱く、割れが早く出ます(こちらは乾皮(かんぴ)と呼びます)。婦人物のバッグや、軽さを身上にした一着に多い革です。

お手元の一着がどちらなのかは、重さと手触りである程度分かりますが、迷うところでもあります。写真と、持ったときの印象を添えていただければ、見立てのご参考になります。

直せる段階と、直せない段階

はじめに、はっきりと申し上げておきます。ひび割れの跡は、残ります。割れた革を元の一枚に戻す方法は、ありません。そのうえで、段階ごとにできることを整理します。

一段階目の乾きは、手入れの領域です。油分を戻せば、しなやかさも艶も戻ります。この段階でご相談いただけるのが、いちばん静かに済みます。

二段階目の浅い割れは、保湿で目立ちにくく整えたうえで、そのまま着ていただくのが基本です。割れの位置が目立つところで、どうしても気になる場合には、その部分だけ革を替えるという道もありますが、新しい革と、年月を経た革のあいだには、必ず表情の差が出ます。差を消すことはできません。継ぎ目の見え方も含めて、お預かりの前にご覧いただいたうえで決めていただいています。

三段階目の、芯まで達した割れは、部分的に革を替える以外に道がありません。袖口、肘当て、ポケット口、襟──部位ごとに替えることはできますが、割れが一着のあちこちに出ている場合は、部分の繕いを重ねるより、裏地を開けて内部から見直すオーバーホールをご提案することがあります。

縫い直しの負荷に、耐えられない革があります

ひび割れの話は、実は、サイズ直しの話ともつながっています。

ほどいて、縫い直す。革の仕立て直しは、この作業の繰り返しです。ところが、乾いて硬くなった革は、針を通したところから裂けることがあります。元の針穴に沿って縫い戻すのが原則ですが、その針穴の周りごと崩れてしまう革では、原則が使えません。

そのため、「前が閉まらないので身幅を広げたい」「肩を詰めたい」といったご相談をいただいたとき、私たちはまず、革が縫い直しに耐えられるかどうかを見ています。ひび割れは、その見立てのいちばん分かりやすい手がかりです。

サイズのお悩みから入ってこられた方は、症状別に見る、直せる範囲もあわせてご覧ください。どの症状に、どんな手の入れ方があるのかを、一通りご説明しています。

修理台から、できること

割れてしまった一着に対して、工房でできることは、大きく二つです。

ひとつは、傷んだ部分の革を替えること。元の革の質感、色、艶の出方に近いものを選び、その部分だけを新しくします。裏から当てて補強する方法もありますが、割れが進んだ革では、当てた周りから新しい割れが出ることがあるため、替えたほうが結果として長く着られる、という判断をすることが多くあります。

もうひとつは、全体を見直すこと。割れと一緒に、縫い目のほつれ、裏地の擦り切れ、ファスナーの不調が出てくる一着は少なくありません。そういう場合は、一箇所ずつ追いかけるより、まとめてお預かりしたほうが、費やす時間も、仕上がりの落ち着きも変わってきます。

どちらの場合も、お伝えする順番は決めています。できること。できないこと。仕上がりに残るもの。それを申し上げたうえで、進むかどうかを決めていただく。手を入れないほうがその一着らしい、と見立てたときには、そう申し上げることもあります。

ひび割れを、進ませないために

いま割れていない一着に対して、いちばん効くのは、日々の扱いです。難しいことは要りません。

季節の変わり目に、一度、油分を戻す。柔らかい布で埃を落としてから、革用のクリームを薄く。塗り込みすぎず、少しずつ足して様子を見るのが加減です。乾いてきたと感じる前に入れておくのが、いちばん静かに効きます。

しまい方を整える。湿気のこもるところ、直射日光の当たる窓際、車の中。この三つを避けるだけで、革の乾き方はずいぶん変わります。詳しくは革ジャンの保管方法でご説明しています。

濡れたら、その日のうちに手当てする。雨のあとの急ぎの乾燥は、ひび割れのいちばん近い入り口です。拭いて、陰干しして、乾いてから油分を戻す。手順は革ジャンが雨に濡れたらにまとめました。

着ていない一着ほど、たまに出して見る。着られている革より、しまい込まれた革のほうが、硬くなって届きます。袖を通す機会がなくても、季節に一度、手に取っていただければ十分です。

おわりに──割れは、手放す合図ではありません

ひび割れが出た一着を前にすると、もう寿命なのだろうか、と思われるかもしれません。けれど、割れは多くの場合、革の一部に出ている症状です。一着全部が終わったわけではありません。

どの段階にいるのか、どこまでが直せる範囲なのか。写真を数枚拝見できれば、お答えできます。全体が写ったものと、気になる箇所を近くから写したもの。それだけで十分です。無理に曲げず、そのままの状態で撮っていただくのが、いちばん正しく伝わります。

気になる一着がありましたら、LINEからお気軽にご相談ください。できることをお答えします。

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